扇子片手に講演行脚を続けております。ただ、毎年扇子を持ち歩いているのですが、必ずどこかで忘れてきてしまう…(T_T)
今年こそ、君(扇子)を忘れはしませんから!
ただ、人間、忘れていいものもあります。
例えば、痛み…
「痛みがますますひどくなるのは、おそらく、痛みについてあれもこれも思惟をめぐらすからであろう。」
(アラン「幸福論」岩波文庫)
「痛いの、痛いの、飛んでいけ〜」と、泣いている僕の傷口をさすりながら、おかんがささやいていたことを思い出します。
「飛んでいけ〜」と、痛みに思惟をめぐらせないための知恵ですね。
もちろん、「悩み」もそうでしょう。
発憤し、向上をもたらす「悩み」ならいいのですが、ずるずると暗闇に自らを引き寄せてしまうような「悩み」は即刻、忘れたいものですね。
「どうにもならないことを忘れるのは幸福だ」というドイツの諺もある。
ただ、これが難しいのが人情です…。
ならば、いかにすれば忘れることが出来るのか。
むかし、むかし…大陸にて
孔子さんの弟子の子路(しろ)が、ある人に訪ねられた。
「あんたの師匠の孔子とやらは、どんな人間やねん?」
「…」
子路は上手く答えることが出来なかったのです。
それを聞いた、孔子さんがおっしゃられた。
「なんでお前は、こう言ってくれへんかってん!」
“その人なりや、憤を発して食を忘れ、楽しんで以って憂いを忘れ、
老いの将(まさ)に至らんとするを知らず”
「つまりやなぁ、孔子というおっさんは、いつも夢中になってあることに取り組んでいるので食事をすることも忘れることがある。そして、夢中になって楽しんで取り組んでいるので、先々の憂い・不安も忘れている。楽天家やな。その結果、しまいには、自分がじじいになりつつあるのも忘れとる。そういう奴や!」と。
「忘れる」テクニックが、2500年前の会話に示されている。
それが、
【 夢中になって、何かに取り組むこと! 】
なのです。
平成20年7月12日(土)こちら岐阜市は34℃でした。明日も真夏日らしい…